バトル大会はヒーローがやることじゃない

ヒーロー観についての勝手な思惑。
読んでると「ヒーロー」がゲシュタルト崩壊するのでご注意を。

ヒーロー作品を見ていて気になること

町にたくさんのヒーローがあふれる作品は日本にもけっこうあると思います。

  • TIGER & BUNNY
  • ワンパンマン
  • 僕のヒーローアカデミア

とか。
たいていおもしろいし嫌いじゃないんですが、「ヒーロー」という言葉を使われるとどうしても気になってしまうことがあります。

「ヒーローはヒーロー同士で戦うことを避けるんじゃないの」
ということ。ここで言う「ヒーロー」が何なのかをはっきりさせておく必要はありますが、ともあれ主張はこの通りなんです。

ヒーローの目的

「ヒーロー」を定義してみる

まずヒーローを
報酬を期待せず自主的に人のためになることをする存在
とします。

これは一般的なイメージにも当てはまりますよね。
なお上に挙げたような、ヒーローを扱った作品においては、これと異なった定義をしていると思います。以下に述べるのはあくまで一般論ということでお願いします。

「報酬を期待せず、自主的に」

もしも報酬をもらうつもりだったらそれは傭兵か何かです。

「自主的に」という言葉は微妙ではありますが*1、とにかく自分の中に「助けたい」という内発的な動機を持っているということが重要です。
指示がなければ何もしようと思わないのなら、ヒーローとは言いがたいでしょう。

「人のためになることをする」

「人」は、不特定多数の人、すなわちヒーロー自身と直接の利害関係や情緒関係のない人を指します。
実際には家族や友達、恋人を救う場面があるかもしれませんが、「その人だから助けているわけではない」ということがポイント。
危機に瀕しているのが誰であれ同じように助けたいと思うのがヒーローです。
俺の女を泣かせた野郎はぶっ殺すけど、知らないババアが困ってようがどうでもよくね……なんて言ってるのはヒーローじゃなくてチンピラでしょう。

「ためになる」は、「助ける」と言い換えてもいいでしょう。
基本的には道徳的に正しいこと。命を救う、傷や病を防ぐ・癒す、不正を正す、元気づける、などが挙げられます。

これは悪を懲らしめる形で実行されることも多いです。
直接的に:今まさに悪に脅かされている人を救うため退治する
か、あるいは
間接的に:過去に脅かされた人のための復讐/未来に脅かされる可能性の予防
のどちらもあり得ます。
アンパンマンやプリキュアは前者、マリオやリンクは後者の要素が強いといえます。
なお、この悪を討つ方法がアウトローだったり残酷だったりすると、単なるヒーローではなく「ダークヒーロー」と呼ばれます*2。悪に対しては非道徳的であるという意味で、純粋な「ヒーロー」とは少し異質とみなされるわけです。

この定義に従うと、ヒーローの最終目的はやはり「人のためになること」だと言えます。
自分でも、特定の誰かでもなく、みんなのため。
かつ「戦う」ことは必須条件ではありません。戦闘するのはソルジャーとしての役割であり、必ずしもヒーローに結びつくものではない。
スポーツ選手などがよく「ヒーロー」と形容されるように、脅威がなくても、元気を与える意味で「人のためになっている」ならばそれはヒーローなのです。

もう一つ、「人のためになる」は「人に優しい」とは一致しません
「優しい」は行き過ぎれば「甘やかす」になります。
厳しく見える態度をとるのも、それが悪意から発せられるものでなければ、ヒーローとして間違っているわけではないのです。

 

ヒーローの「強さ」

強さ=戦闘力の高さ?

少年漫画の主人公は特に「強くなりたい」という動機を強く持ってます。
この「強くなりたい」「強くなった」ということが分かりやすく表現するためにバトル大会はとっても効果的。
バトル大会というのは、チームや個人で、決められた相手と決められたルール内で試合を行うというもの。天下一武道会です。

ただし、ここで競われるものはたいてい「ソルジャーとしての強さ」。
すなわち戦闘力です。

上記の通り、ヒーローはソルジャーではありません。
なぜなら動機が異なるからです。
ソルジャーは実力を行使して戦って勝つのが目的ですが、ヒーローは「人のためになる」ことが目的。そこに「勝ち負け」という価値観はないはずです。

ヒーローにとって戦闘力は人を救うために必要な力。
よってそれを磨きたいと思うことは決しておかしくはありません。
しかし、「強くなること」自体が目的ならば、それはヒーローよりもソルジャー的な存在だといえます

強さ=スーパーパワー?

悪と戦うヒーローの多くはスーパーパワーを持っています。
スーパーパワーとヒーローの関係はどのようなものか。

大いなる力には大いなる責任が伴う」とはスパイダーマンの座右の銘。
強い力を持つならば、それを行使してヒーローになるべきだというスパイダーマンの崇高な意志がうかがえる言葉ですね。

では、スーパーパワーを持つことはヒーローの前提なのか?

まったく違います。
上記の定義からしても、スーパーパワーは必須条件ではありません
たとえ突出した力や非凡な能力がなくても、自ら人のためになろうと動けばそれがヒーローです。オールマイトさんから力をもらってなくたって、デクくんもヒーローになれます。

では、スーパーパワーを持っていれば必然的にヒーローなのか?

もちろん違います。
スーパーパワーを持っていても、ソルジャーとして戦闘に生かす人もいれば、ヴィランとして悪事に利用する人もいるでしょう。
その点、スーパーパワーを持つ子がたくさんいる世界で、パワーの使い方を学ばせる教育機関があるのはとってもいいことです。

自分がスーパーパワーを持っていると認識した時点で「これを使えば人のためになれる」と考えるのがヒーロー的。
「これを使えば憧れのあの子と付き合える」とか「金儲けできる」と考えるのはヒーロー的でない。

スーパーパワーはヒーローの条件ではなく、手段であるということです。

 

ヒーロー同士の争いは悲劇だ

ヒーローの動機は「人のためになること」だと繰り返してきましたが、これに従えば基本的に、ヒーローが他のヒーローと戦う理由はないはずです。

なぜならヒーローであるならば、目的はみな同じはずだから。
争うことで一方の目的達成を阻むなら、必然もう一方の目的も達成されません。

ヒーロー同士が戦うのはどういうときか?

方針の違いによる争い

最終目的はみな同じ。でもそれを達成する手段や、目的の定義について意見が分かれた場合、争いが生まれる可能性があります。

マーベルユニバースで最初に思い出されるのは「シビル・ウォー」。
ヒーローを国が管理すべきかどうかについてアイアンマンとキャプテン・アメリカで意見が分かれ、ヒーローが各派閥に別れて繰り広げた内戦のことを指します*3*4

シビル・ウォー (MARVEL)

  • 作者: マーク・ミラー,スティーブ・マクニーブン,石川裕人,御代しおり
  • 出版社/メーカー: ヴィレッジブックス
  • 発売日: 2011/09/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

※画像はAmazonへのリンク

大型ストーリーのため、この本以外にも各キャラクター別でシリーズが存在します。

コミックを読めば分かりますが、まー重い話です。
ヒーローが内戦によって命を落としたり、家族を危険にさらしたり、まったくろくなことが起きません。
そもそもちょっと前まで背中を預け合っていたはずのヒーロー同士がギスギスしてるところなんて、見たくないです。

このタイプの争いはどうしてもギスギスします。
なぜならお互いに大マジだから。「人のためになる」というヒーローの強い意志に依って争っているから。
でも、その争いによって余計な不幸が生まれてしまうのは本望じゃないのです。

強いられた争い

ヒーロー自身は望まないけど、悪人の手によって戦わされるやつ。

マーベルで言うと「コンテスト・オブ・チャンピオンズ」を思い出します。
ゲーム好きの超人グランドマスターが、地球のヒーロー達を集めてリアルスマブラを開催する話*5

Contest of Champions Vol. 1: Battleworld

  • 作者: Al Ewing,Paco Medina
  • 出版社/メーカー: Marvel
  • 発売日: 2016/05/10
  • メディア: ペーパーバック

※画像はAmazonへのリンク

これは、見てる側にとっては確かに興味をそそるかもしれません。
ポケモンでもなんでも「どれが最強か」論議は尽きないものです。

だがしかしヒーローにとってみたら、観客の道楽のために戦って見せる必要なんてないはず。
それはプロレスラーの仕事です*6

 

「ヒーローとして」争うということ

もちろん、ヒーローとして活動する中に、負けず嫌いな性格の人は大勢います。
トニー・スタークさんは自分が一番先進的じゃないとすねちゃうかもしれませんし、ソーはハルクに自分の方が強いとアピールせずにいられないかもしれまん。

でも例えばスタークさんがリード・リチャーズ*7に化学勝負を挑んだとして、それはヒーローとしての仕事ではありません。
もしスパイダーマンが戦闘中にノヴァより活躍しようと対抗心を丸出しにしてたら、任務失敗でフューリー長官に怒られるでしょう*8

結局「ヒーロー」という存在にとって、同じ「ヒーロー」は同志です
負けず嫌いはけっこうですし、仲間と組み手をするのもいいです。
パワーを磨くのも、それを使ってより多くの人のためになろうとするならヒーローらしい行い。

でも、ヒーローに対して「他のヒーローを打ち負かして一番になれ!」という動機を抱かせるのはやめてほしいのです。
ヒーロー=戦闘民族ではないんですから。

今回の記事はここまで。チャンネルは決まったぜ。


*1:組織に属しており、司令官の指示に従って動くヒーローも存在します。

*2:北斗の拳のケンシロウはダークヒーローだと信じて疑わない。悪党を拷問させたら天下一品ですよね。

*3:キャプテン・アメリカの映画版では、どちらかというとウィンターソルジャーの有罪無罪をめぐる対立でした。お互い私情を挟んだ感じだったので、ぶっちゃけ「ヒーロー同士の争い」には当てはまらない気がします。

*4:最近シビル・ウォー2も勃発しました。あるスーパーパワーを持った子の扱いをどうするかでアイアンマンとキャプテン・マーベルが対立したそうです。仲良くして。

*5:映画マイティ・ソーの三作目(バトルロイヤル)でも、グランドマスターがソーとハルクを戦わせてました。

*6:ちなみにガーディアンズ・オブ・ギャラクシーのパワー担当ドラックスはプロレスラーでした。リングネームはザ・デストロイヤー。

*7:ファンタスティック・フォーのリーダーで体伸びちゃうおじさん。スターク、ピムと並んでマーベル三大天才科学者の一人っつってもいいですかね。

*8:アニメのアルティメット・スパイダーマンはヒーローとしての教訓を与えてくれます。仲間内の勝ち負けなんかより、何が任務なのかを正しく認識することが大事。

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